長く使える暮らしの道具の選び方|私が「古いもの」に惹かれる理由
長く使える暮らしの道具を選ぶとき、私は「この子と何年一緒にいられるだろう」と考えます。
思えば、私は昔から「古いもの」や、長く使われてきたものに惹かれてきました。
もちろん、ものによっては「新品の方がいいな」と判断することもあります。
それでも、暮らしの道具を選ぶときには、使いやすさだけでなく、これから長い時間を一緒に過ごせるか、使うたびに好きだと思えるかを自然と考えています。
今回は、私がなぜ古いものに惹かれるのか、そして長く使える暮らしの道具を探すとき、どのように選んでいるのかについて綴ってみたいと思います。
▼目次
- 古いものに惹かれる理由|子どもの頃から好きだったもの
- 古いものの魅力とは?|和風ではなく「歳月を重ねたもの」が好きだった
- 古いものから感じる歴史|道具や手紙、古い家を訪ねて
- 自分らしい暮らしをつくる|ターシャ・テューダーとの出会い
- 長く使える暮らしの道具の選び方|「この子は私と、どのくらい一緒にいられるだろう」
- 古いものと長く暮らす|お気に入りの道具と歳月を重ねる楽しさ
古いものに惹かれる理由|子どもの頃から好きだったもの
たとえば、私は使い込まれた鉄の調理器具が好きです。
新品の家具より、使い込まれた古家具。
真新しいビルの現代的な書店より、街角の小さな古本屋。
ピカピカの新しい髪留めより、少し古びたアンティーク。
そんなところがあります。
もちろん、ものによっては「新品の方がいいな」と判断することもありますが、それはそれとして。
思えば昔から、古いものにどこか憧れを抱いていました。
まださほど性能の良くなかったパソコンで古く美しいものを検索し、ときにはどこのどなたが出品されたかもわからないような簪(かんざし)や笄(こうがい)を、父にねだったものでした。
決して子どもが普段身につけられるようなものではありませんでしたが、それは今でも、私の机の引き出しの中に大切にしまわれています。
また、古い祖父母の家も、私にとっては憧れの対象でした。
若き日に祖父母が協力して手づから掘ったという池、薪をくべて炊くお風呂、急な階段、欄間、障子、差し込み式の鍵、木製の雨戸。
彼らは「古いだけだよ」と謙遜していましたが、私の目にはそれらすべてが、とても価値のあるものに見えていたのです。
古いものの魅力とは?|和洋問わず「歳月を重ねたもの」が好き
成長するにつれ、古いものへの興味の幅はどんどん広がっていきました。
そんな私に、祖母はよく自身の古い着物や、由来のわからない巻物のようなものを見せてくれました。
私は価値がわからないなりに、それらが纏う静かな魅力に惹かれていました。
「私は和風のものが好きなのかもしれない」
当時は漠然とそう思っていました。
それが勘違いだったと気づいたのは、高校生の時分でした。
偶然ふらりと入ったアンティークショップで、古い指輪が並んでいるのを見かけました。
それらは見るからにヨーロッパから渡ってきたものでしたが、私の心に湧き上がったのは、祖母の着物を眺めていたときと同じ感情でした。
「私は和風のものが好きなわけではなく、古いものが好きなのか」
そのとき初めて腑に落ちました。
古いものから感じる歴史|道具や手紙、古い家を訪ねて
大人になってからは、美術館や博物館に度々足を運ぶようになりました。
そこには美しい美術品がたくさん並んでいましたが、私が特に心を惹かれたのは、かつての人々の暮らしの中で実際に使われてきた道具や、墨で書かれた生活の手紙でした。
ちなみに、手紙の中で特に印象に残っているのは、坂本龍馬記念館。
偉人として知られる坂本龍馬の、家族や友人との何気ないやりとりに思わず見入りました。
異なる時代に生きる人のありふれた心に触れたような不思議な気持ちでした。
旧居や旧邸を訪ねるのも好きです。
いまや主人を見送った家々は、当時を偲ばせる温かな雰囲気で私を迎えてくれます。
「ここではどんなやり取りがあったのだろう」
「どんな思い出が紡がれてきたのだろう」
そんなことに思いを馳せながら、物語の読み手のような心地で邸内を歩き回るのは、私にとって楽しい時間です。
自分らしい暮らしをつくる|ターシャ・テューダーとの出会い
そんな私がある日偶然出会ったのが、絵本作家ターシャ・テューダーに関する書籍でした。
古き良き暮らしを好む彼女は、好きなものに囲まれた生活を、自らの心の赴くままに実践していました。
私はそんな彼女に深く共感し、ある種尊敬の心を抱きました。
彼女は非常にバイタリティに溢れており、自分の理想の世界を文字通り自らの手で作り上げていたからです。
動物を飼い、野菜を作り、暖炉に薪をくべ、蝋燭の灯りの中で暮らす。
ものぐさな私から見ると一見不便そうな暮らしですが、彼女はそれを心から楽しんでいるようでした。
「こんなふうに自分の好きに対して素直に生きられたら」
そう思いました。
もちろん、私はヤギの乳を絞りたいわけではありませんし、鶏の飼育も向いていないでしょう。
暖炉や火の管理も大変そうなので、彼女とまったく同じ暮らしをしたいわけではありません。
同じく古いものを愛する心を持ちつつも、私には私なりの目指す暮らしがあるのだと思います。
たとえば、私は古いものと同じくらい、現代の技術のことも尊敬しています。
炊飯器、電子レンジ、ヘアアイロン――日々の生活でそれらの家電から受けている恩恵を手放すなど、とても考えられません。
けれど同時に、老舗のブランケット、古本、使い古した鉄のフライパン――それらへの愛着もまた、私の心地よい暮らしに欠かせないものです。
長く使える暮らしの道具の選び方|「この子は私と、どのくらい一緒にいられるだろう」
おそらくですが、私はともに暮らす道具たちに愛着を持ちやすいのだと思います。
たとえ新品であっても、アンティークであっても、私とともにこの家で暮らし、ともに歳月を重ねていくことに価値を感じます。
まるで、人生をともに歩む仲間のように。
ですから、私はものを選ぶ際、自然と心の中で考えています。
「この子は私と、どのくらい一緒にいられるだろう」と。
それを「耐久性」と呼ぶ人もいれば、「コスパ」と表現する人もいるかもしれません。
けれど私にとってはただ単純に、「どのくらいの期間、私と一緒に暮らし、私に使われてくれるだろう。あわよくば、私より長く生きることもあるだろうか」と。そういう感覚です。
無機物に命があるか否かということではなく、ただ「私の愛情をどのくらい穏やかに、長く受け取ってくれるだろうか」ということを、ほとんど無意識のうちに考えているのだと思います。
そんな私の部屋の中には、長年使ってきた包丁やフライパン、陶器の数々、不調の気配すら見せない心強い家電たち、十年選手のヘアアイロン、度々読み返す古い本、そして祖母から引き継いだ着物があります。
古いものと長く暮らす|お気に入りの道具と歳月を重ねる楽しさ
おそらく、私が古いものに惹かれるのは、「昔のものの方が丈夫だから」とか、「デザインが凝っているから」といった理由だけではないのだろうと思います。
その「もの」とともにあった人々の歴史――そして、長年主人たちを穏やかに見つめてきたであろう、ものの「あたたかな眼差し」のようなものを感じるからなのだと思います。
私が今大切に使っているこの子たちも、いつか他の誰かの手に渡り、そこで新たな生活を見守ることがあるのだろうか。
そんなことを考えながら、今日もお気に入りの道具とともに、穏やかに歳月を重ねる暮らしを楽しんでいます。
▼愛用の老舗のブランケット
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▼長年愛用している鉄の玉子焼きフライパン